玉虫色に輝くこの地で働くあの人は、
なぜココを選び、どんな思いでシゴトしているのだろうか。
(「漫画★全巻ドットコム」 株式会社TORICO 代表取締役社長)
マンハッタンで引き籠もる。
同人漫画を専門に扱い年商200億円もあげる『虎の穴』の本店、古本漫画をメインに扱う巨大な『まんだらけコンプレックス』、さらに無数に散らばる漫画を原作にしたフィギュアやDVD、コスプレ衣装を扱う店……。
世界に冠たる漫画文化の断片と、街の彼方此方で出会える秋葉原。
けど安藤拓郎さんがいるその場所は、中でも少し違った漫画の匂いを漂わせていた。
『漫画★全巻ドットコム』。
2006年に立ち上がった漫画を全巻セットで販売するECサイト。その事務所兼実店舗が秋葉原のメインストリートである中央通りから、少し入ったディープなエリア、メイド喫茶とPCパーツショップが入り乱れたエリアに建つ雑居ビルの4階にある。安藤さんは、三方を書棚に囲まれたその部屋にいつもたたずむ。棚に収まっているのはもちろん漫画。『カイジ』『バガボンド』『マカロニほうれん荘』など、新旧も硬軟も織り交ぜた漫画がすべて全巻セットで揃っている。
「物流倉庫は千葉にあるのですが、やはり都内にオフィスがあったほうが都合がいい。それなら、やっぱり秋葉原だろうな、と決めていました。漫画の聖地である『秋葉原に本社がある』って、シリコンバレーに本社を持つIT企業みたいなものですから」と安藤さんは言う。
「そもそも僕は『世界と繋がる仕事がしたい』という思いが強かったし」
世界と繋がるシゴトを――。思いは大学時代に芽生えたものだ。夏休みを利用して、男3人で世界一周の旅へ出た。リュックに着替えとチケットだけ入れ、アテなどないまま、アジア、ヨーロッパ、アメリカを回った。言葉も通じなかった。危ない目にもあった。けど、そんな苦労が楽しかった。
「東京で大学生として安穏と過ごしていた生活と一変した。けど、その場所と、得体の知れない海外の路地裏は確実に繋がっていた。けれどリスクが高い分、大きな快感を感じられたんですよね」
同じような快感を就職してからも味わいたかった。だからオラクルに就職。外資系のIT企業なら海外で働ける。「世界と繋がる仕事」ができると思ったからだ。
「ところが、配属先は国内営業」
海外にはほとんど行けなかった。不満を抱きつつもしばらくはガマンした。しかし、28歳の頃、早期退職制度ができると、たまらずすぐに手をあげた。すごいのが退職金を元手に、アメリカNYにアパートを借り、いきなり生活し始めたことだ。もちろん、いつもの通り、アテなど無かった。
「仕事で繋がれないなら、とにかく体だけ海外に持っていっていこうと思った。仕事? いえ、バイトすらせずマンハッタンのアパートでただ生活していた。とにかくNYに住むことが目的でしたから。具体的に何をしていたか? 漫画を読んだり(笑)」
贅沢な引きこもり。潤沢だった退職金は1年で食いつぶした。帰国後、今度は三井物産に就職した。携帯電話の部品を海外に売る商社マンとして、毎週のように、中国、台湾へと飛んだ。30歳で希望が叶った。「まさに海外に繋がる仕事だ!」。けど、元バックパッカーにとって、満ち足りることは、つまらなくなることと同義だった。
スニーカーで起業する。
「オリジナルのスニーカーが安く作れる!」。
足繁く通う世界の工場で、ある日、そんな話を耳にした。特別スニーカーが好きだったわけじゃない。けど、ボーナスをつぎ込む程度でオリジナル製品が作れ、売れるなら痛快だと思った。同級生と遊び半分でボーナスをつぎ込み、100足を発注した。デザインも自分たちでやった。副業スニーカーメーカー。コレがまさかのバカ売れとなる。
「販路は楽天でスニーカーを扱っている会社にババッと電話してみつけました。200店ほど電話して、3店舗が『扱うよ』と。すると100足が数ヶ月で完売したんですよ。自分でも驚いたのと同時に『コレはイケる!』と思いましたよ。そこで独立を決意したんです。世界的なスニーカーメーカーとしてナイキを超えてやろう! って」
この「ナイキ超え」の志しと実績が評価された。当時はまだ投資熱が高かったこともあり、トントン拍子でベンチャーキャピタルの出資を得る。2005年、物産を飛び出して、安藤さんは株式会社TORICOを立ち上げた。「世界をトリコにする」。そんな意味を社名に込めた。潤沢な軍資金を手にして一気に増産。大々的に売り出した。そして、モノの見事に“失敗”する。
「今度は驚くほど売れなかった。100足完売がウソのように、月2~3足がやっと。結局、『おもしろいスニーカーだ』『珍しいスニーカーだから』と手を出す人が、日本に100人はいた。またきっと100人しかいなかったんでしょう」
頭を抱えた。会社の事務所は中野区にある小さなアパートの一室。そこには溢れるスニーカーの箱があった。そもそも「そんなに好きじゃなかったモノ」だ。不良在庫になったそれはさらにキライなモノに映った。じゃあ、スキなモノを仕事にしたら?――。
「山積みのスニーカーを眺めながら、身近な、分かる範囲のところからアイデアを練ろうと考えたんです。何もカッコつけずにね」
じゃあ本当に「自分が好きなもの」は? それでいて「在庫がいらない」ビジネスは? すると慣れ親しんだライフスタイルに辿り着いた。アメリカでも実践したアレだ。
「そう。『ひきこもり』です」
千代田区外神田1-8-7-401
「漫画★全巻ドットコム 秋葉原店」
定休日:月~水
TEL:03-3254-4220