ライター・編集者として仕事するカデナクリエイトの面々が、些細な仕事術を、ひっそりと路地裏に向かってつぶやくように公開する『路地裏の仕事術』のコーナー。
今回は私、箱田が「取材時にICレコーダーを出すタイミング」について、お伝えするわけですが、分かります。
「は? そんなタイミング、どうでもよくね?」と思われる方がいることを。
しかし、違うのです。
ほとんどのライターは、インタビューの記録用にICレコーダーを使います。もちろんノートもとりますが、適切な質問をしながら、適切なあいづちを打って、そのうえで相手の話した言葉をすべて書くのは、けっこうたいへん。だから、くまなくインタビューの音声をひろってくれるICレコーダーは外せない相棒なわけです。
ところが、このICレコーダーが、すこし曲者。
なぜなら、取材において最も大切なことの一つが「取材相手にいかにリラックスして話してもらえるか」だからです。
言うまでもなく、取材相手が緊張したり、身構えたりしていたら、聞きたい話を引き出すのは苦労します。可能なら、初対面だったとしても、フレンドリーかつお気軽にいろいろ話してもらいたい。
だからして、インタビュー開始と同時に、いきなり核心に迫るなんてことはありません。雑談からインサートして、こちらと相手の雰囲気を和ませ、少しでも距離を縮めておくのが取材の定番。スポーツでいうウォーミングアップ。音楽でいうチューニングみたいなもので互いの呼吸を整えてから、インタビューをはじめるのが、ある種の“型“です。
ところが。雑談で雰囲気も和み、さあ、いよいよ! というときに、ICレコーダーを相手に近づけてスイッチオン、そこで「ピッ!」なんて、いきおいよくスイッチ音がした途端、取材相手の緊張のスイッチもオンすることがままあるわけです。
「(録音されるなら)おかしなことを言ってはダメだ」「(録音されるなら)いいことを言わねば」という心理がはたらくのでしょうか。結果、じわりとどこか身構えた会話に終始して、あまりよいインタビューにならなかった…なんてことがありえます。
ようするに、「いかに取材対象にICレコーダーでの録音を気にさせず、スイッチを入れるか」という、極めてミニマムなスキルは、私たちライターにとって不可欠な所作、というわけです。
わけです、よね?
本当でしょうか?
不安にもなってきました。
まあ、正攻法はこれでしょう。
先述通りの雑談を終え、ウォーミングアップが済んだ辺りで、取材趣旨の説明。そのうえで……。
「お話、録音させていただいてよろしいですか?」と聞きながら…。
正直、別段、問題なくすすむときも多いのですが、正面突破だけに身構えられることもやっぱりあるのです。「うお、ここから本番か」と仕切り直し感が強すぎるからでしょう。
なので、私がよく使うのは、こんな手です。
まずこれが録音する機械だとか声高に言わないところがポイントであると同時に、ささやくように言うのがポイントでしょうか。「あ、(ココ座って)いいですか?」と、まるで混みあった電車で空いたシートに座ろうとするときのように、発声したのかしないのかくらいの声量で「あ、(これ録音して)いいですか?」といく、江戸しぐさ。このさりげなさによって、いくらかは、あからさまなスイッチオン感をごまかせる気がしていてなりません。
もう一つ、僕がたまにやるのがコレです。
「あははは…」と、どうでもいい雑談をしながら、かけていたメガネや腕時計を名刺入れの横に置きつつ、ICレコーダーもさりげなく並べて、これまたさりげなく「じゃあ、よろしくおねがいしますー」と言いながら……。
これには二つの効果があります。
まずはメガネや時計などの装飾品をとることで、「僕はリラックスしてのぞみますよ」という意思を相手に伝える効果を狙っています。そのうえで、いろんな道具を並べてしまうと、相対的にICレコーダーの存在感が薄れるというのが最も大きな狙い。結果として「なんか目の前にふかしぎな道具の山ができあがっているから、ICレコーダーくらい、まあ、いっか」と思わせられる、気がするわけです。
ただし、この山積みスタイルの弱点は、撮影込みの取材の場合、よくカメラマンさんに「あ、すいません。これどかせてもらっていいですか?」と言われがちなことです。邪魔だから。
そんなわけで、すいません。
結局のところ、実は、未だICレコーダーを出すタイミングの“正解”が見えてないのですが、いずれにしても、ICレコーダーはさりげなく、意識されずに出す、ということを、むしろ意識していただけるとスムーズなインタビューに滑り込めるのではないかなという感じで、そろそろ本稿はスイッチオフとさせていただきます。