「『秋葉原から来た』って、いわば『シリコンバレーから来た』に近いんですよ」(後編)

東京、秋葉原。「電気街」「ITタウン」「サブカルの聖地」「メイド喫茶の集積地」「江戸っ子の町」――。
玉虫色に輝くこの地で働くあの人は、
なぜココを選び、どんな思いでシゴトしているのだろうか。

Vol.1 安藤拓郎
(「漫画★全巻ドットコム」 株式会社TORICO 代表取締役社長)

古本屋を倉庫にする。

世界一周の旅に出たり、オフの日はサーフィンをしたり。いかにもアクティブな顔を持つと同時に、安藤さんは巣ごもりというか、ひきこもり好きの一面を持っていた。大学生の頃から、休日となると1日は海などに行ったが、あと1日は「プチひきこもり」生活を楽しんだ。

それは朝起きると同時に二食分の弁当と酒をまず買い込むことから始まる。あとは自宅から一歩も出ない。買い込んだ兵糧を傍らに、ひたすら漫画を何巻も通して読み、レンタルビデオを楽しむのだ。似たようなライフスタイルを好む人間が実は多いのではないか、と直感していた。

「だから最初はピザと酒と漫画を宅配で売ろうと考えたんです。引き籠もりセットみたいな感じで。いうなれば、ライフスタイルを売ろうと考えたんですよ」

けど飲食物を扱うのは許認可などが面倒だった。レンタル事業も同様だ。そして残ったのが「漫画」だった。

一方で、「全巻一気買い」が手間なことにも商機を感じた。まず陳列スペースの限られる書店では、よほどの人気作でなければ漫画作品全巻が揃っていることは希だ。アマゾンなどのネット書店ですら数巻は歯抜けである場合が多い。例え全巻セット販売をしていてもネット書店は、全巻買うには一冊一冊クリックする必要がある。例えば計135巻までリリースされている『ゴルゴ13』を全巻買うには135回以上はクリックする必要があるわけだ。

秋葉原店には第一巻を「試し読み」できるスペースも。実店舗ならではの仕掛けだ


「これは人気が出るだろうと自信がありましたね。しかも最初は古本を販売しようと考えた。注文が入ったら周辺の古本屋を回り、全巻セットを作って送る。つまり『僕らの在庫は古本屋だ!』と。在庫の山にはこりごりでしたからね。これが……成功したけど失敗で(笑)」

早速『漫画★全巻ドットコム』のサイトを立ち上げると、月2~3足しか売れなかった前月がウソのように注文が殺到した。立ち上げたのが2006年。ちょうど人気漫画『デスノート』が映画化された頃で、原作本が売れに売れていた。書店やネット書店でも売り切れ巻が続出。「『デスノート』を全巻揃えたい!」。そんなニーズが、全巻一気買いを売りにする安藤さんたちのサイトに集中したわけだ。

「サーバーがダウンとかそういう問題ではなくてですね、売れ過ぎているから、僕らの在庫置き場、要するに近所の古本屋なんかに『デスノート』が無いわけですよ」

アセって東京中を書けめぐり、結局、新品も寄せ集めて、何とかセットを作って販売した。古本屋を在庫置き場にする計画はもろくも敗れた。発注を待ってから動いていたら溢れる注文に間に合わない。とにかく日々、古本屋を巡り、どんどん在庫を増やしていった。セットを作れば売れる。作れば売れる……。中野の風呂なしアパートは恐ろしいほどの漫画の山が積もっていた。結局、再び在庫を抱えていた。

「奥にはたっぷりとスニーカーもあったわけですが(笑)」

とにかく読みは当たっていた。「休日にどっぷりと漫画を読みたい」。しかし「全巻買うのは手間だ」。そんなニーズをすくえたわけだ。今や年間売上は約10億円にも及ぶ。安藤さん自身は、マンガ大賞の選考委員も務めるほどだ。身の丈発想の勝利だ。

実は2009年から安定した商品を供給するためトーハンなどの卸業者と契約。全巻新品販売に切り替えている。千葉県市川市に物流倉庫を借りた。偶然にもアマゾンの倉庫の隣だという。

秋葉原から世界に繋がる。

市川に倉庫を構えた時、一度は事務所もそこに移したが、その後、秋葉原に事務所を構えた。最初は店舗ではなく純然たる事務所として、今とは違う御徒町よりの場所だった。先述通り、漫画の聖地。先述通り、そのブランドにあやかった。

「サイトを訪れる方にとって、秋葉原に本社がある、となれば安心感になると思うんです。それは海外の方にとっても同じ。海外に行って、名刺を配っても『アキハバラから来ました。マンガを売っています』というと、それ以上、説明がいりませんからね」

今の場所には2009年12月に店舗兼事務所として移った。「『ジョジョの奇妙な冒険』なら第二部に限るよ」「オレは意外と四部だな」だとか「『キャプテン翼』のスカイ・ラブ・ハリケーンて何巻に出てくるんだっけ?」なんて感じで、聖地にある店らしく全国から訪れるお客さんが、ディープな漫画トークを楽しみながら、秋葉原店を物色していく。

店舗は秋葉原の裏通りにある。ちょっと入りづらいところが、また宝探しのようで楽しい


「漫画が好きな人って、そんな会話も楽しくて仕方ない。秋葉原の魅力もそういうところにある気がするんです。普段住んでいる町にはいなくても、この街に来たら、同じようなテンションで漫画やアニメやフィギュアやパソコンについて語り合える仲間がいる。僕らのサイトも、そういったソーシャルメディア的な楽しみも付加できたらいいと思っています。マンガ好きの熱い会話を聞くと、また読みたくなり、買いたくなるじゃないですか」

さらに中国語版サイト、英語版サイトをオープンし、秋葉原から世界のマンガ好きを繋ぐ予定だ。得てして秋葉原の小さな場所から、世界を繋ぐ仕事を手がけていくわけだ。

「海外では実店舗を構えてみたいんですよ。いまこの時期に? って思うかもしれないけど、オレみたいな日本人や日本の漫画が好きで、NYやパリで巣ごもっている人って、絶対にいますから」

いつもの通りアテなど無い。けど安藤さんは、そのほうが燃えるんだ。

【秋葉原Worker データファイル1】
安藤拓郎
株式会社TORICO 代表取締役社長
「漫画★全巻ドットコム」

■あなたにとって「秋葉原」とは?
入場料のいらない遊園地って感じです。

■秋葉原でよく使うランチの店は?
『とんかつ 丸五』

■今の仕事をしていて良かったなと思う瞬間は?
会社で漫画を読んでいても怒られないこと。

【働いている場所】
千代田区外神田1-8-7-401
「漫画★全巻ドットコム 秋葉原店」

定休日:月~水
TEL:03-3254-4220
http://mangazenkan.com/

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カテゴリー: アキバWorker | 投稿日: | 投稿者:
hakoda

hakoda について

1972年新潟県生まれ。『月刊BIG tomorrow』『Discover Japan』『週刊東洋経済』等で、働き方、経営、ライフスタイル等に関する記事を寄稿。著書に『図解&事例で学ぶイノベーションの教科書』『クイズ商売脳の鍛え方』(共著)、『カジュアル起業』(単著)などがある。好物は柿ピー。『New Work Times』編集長心得。