鉄道模型じゃなく、鉄道模型の「楽しさ」を売りたい。(前編)

東京、秋葉原。「電気街」「ITタウン」「サブカルの聖地」「メイド喫茶の集積地」「江戸っ子の町」――。
玉虫色に輝くこの地で働くあの人は、
なぜココを選び、どんな思いでシゴトしているのだろうか。

Vol.2 太田和伸
(新品・中古Nゲージショップ 株式会社ポポンデッタ代表取締役社長)

二つの顔を持つ男。

太田和伸さんには、二つの顔がある。

一つ目の顔は「税理士」。秋葉原、昌平小学校の裏に立つやたらモダンなビルの5階に事務所を構え、実直な人柄そのまま、誠実かつ正確に顧客のキャッシュフローに目を通す。

二つ目の顔は「鉄道模型専門店『ポポンデッタ』のオーナー」。税理士事務所の下全部、1~4階に店を構えて、中古・新品のNゲージを中心にした鉄道模型を販売している。

「『税理士の道楽では?』なんて言われる時もあるんですけど、鉄道模型の販売の方がいってしまえばキャリアは長い。元もと僕の夢は鉄道模型店のオーナーでしたからね」

その夢を太田さんは少しずつふくらませつつ叶えてきた。何せ11年前の創業から順調に店舗数を増やし、今や愛知、京都、茨城など、各地の大型ショッピングセンターに13もの直営店を出店している。

人気のひとつは、すべての店に設置した「レンタル・レイアウト」だ。レイアウトとは精巧なジオラマで飾られた小さな街に走る線路のこと。来店客は持ち込んだ鉄道模型をこの線路で存分に走らせられる、というわけだ。

「税理士としての視点で見ると、アウトなんですけどね。コストがかかりすぎる。線路を引くよりも、売り場を増やしたほうがいい。けれど、鉄道模型好きの僕が『ただ売る場所にしたくない』と言う。ここは鉄道模型じゃなくて、鉄道模型の楽しさを売る場所なんです」

「かつての自分」を相手にした。

鉄道模型の「楽しさ」。自らそれを知ったのは、ずいぶんと小さい頃だ。

1971年生まれの太田さんは小学生くらいまでNゲージにハマっていた。70年代のブルートレインのブームなどもあり、当時の子供には王道だった。しかし中高生になると、自然とその趣味から離れた。いつしか趣味はスキーやその他になった。これまた当時の王道だった。

「女の子に好かれるような趣味じゃない――。色気づいたばかりの頃って、男はそんな価値観で動くものじゃないですか。あの頃って、まだ鉄道模型にはそんなイメージがあった」

復活のきっかけは、大学4年のある日、玩具屋の閉店セールでNゲージの山に出くわしたことだ。バイトで自由に使える収入も増えていた。そろそろ好きなものを「好き」といえる自我も手にしていた。半額以下に下がっていた常磐線や東海道線、かつて欲しかったNゲージ車両をごっそりと買い込んだ。

モダンな自社ビル。最上階が太田税理士事務所で、残りの1~4階が『ポポンデッタ』。電車型自販機が気になる


「友達のコレクションを指をくわえて見ていた過去を思い出したのかも」

このカムバックが起業につながる。気になり出してNゲージの市場まわりを調べると、量販店の隆盛で、街の模型店がどんどん潰れていた。また当時流行っていた個人売買情報誌を眺めると「Nゲージをやめるので、コレクションを売りたい」という人が多いことを知った。ようするに、格安で中古Nゲージの“いいタマ”が大量に市場に出まわる条件が揃っていたわけだ。

「一方で、僕のように『チャンスがあれば、また鉄道模型をはじめる』という潜在的なニーズが高いと感じていた。両者をマッチングしたら、儲かるんじゃないか? そのうえ、効率的に自分もコレクションを増やせるんじゃないかと思ったわけですよ(笑)」

予想は的中。まずは鉄道雑誌に「Nゲージ、買います!」と投書している人向けに中古Nゲージの在庫を記した通販のダイレクトメールを送った。すると一回のDMで十数万円の利益があがった。その後、パソコン好きだった弟の手を借りて、インターネットサイトもスタート。サイト名は『ポポンデッタ』。飼っていた熱帯魚の名を屋号にしたのは、未だひっかかっていた、アレがあったからだ。

「いかにも鉄道模型やNゲージを匂わす名前には、ちょっと抵抗があった。やっぱり彼女や奥さんに胸をはって言えないイメージがまだあって(笑)」

最初の店は渋谷だった。

サイト運営をしながらも、本業の道は税理士だと思っていた。

『ポポンデッタ』を立ち上げた頃は、大学を卒業して税理士の勉強中。その後、合格すると、しばらくは神田にある祖父の税理士事務所に籍を置いていた。

「祖父が税理士だったことがそもそものきっかけ。けどやってみるとおもしろいんですよ。会計や税が分かると、それまで単なる数字だったものが、急にいきいきとみえてくる」

ただ夢はやはり「鉄道模型の実店舗をつくること」だった。Nゲージがあり、レイアウトもあって、鉄道の関する本も置いてあるような『鉄道のワンストップショップ』。そいつを創りたい思いがあった。

レンタル・レイアウトはすべて手作り。とくに他店にあるものは太田さん自らが自宅で作成している


実は当時、ネット通販だけで月100万円を売り上げるようになっていた。「鉄道模型を復活したい」。そんなニーズをまず拾えた。加えて、中古の状態をA~Eの格付け評価で記したことで、既存のマニアたちの支持も得た。当時はまだこうした評価をオープンにする中古通販はほとんどなかっため、「信頼できる店」と噂になっていたからだ。

「鉄道模型にはチャンスがある……」。ただモチベーションは、それだけじゃなかった。

「鉄道模型と出会う場、再開する機会が、本当に減っているんじゃないかと思い始めたんです。だから、うちのような店にも多くのアクセス、お客さんが集まるんだと。そう考えると、ただ商売するというより、鉄道模型の文化をもっともっと次の世代に残していかなきゃいけないんじゃないか、なんて使命感めいたものも芽生えた。だから場が欲しかった。気軽に鉄道模型に触れられ、楽しめる場が――」

チャンスは突然やってきた。税理士としての顧問先から、「自分のビルが開いたから、太田くん、事務所を開かないか?」と誘われた。自分を見込まれて格安の家賃を提示された。

「『ぜひ!』と。ただ『実は鉄道模型店がやりたいんですけど…』って(笑)」

こうして2002年、『ポポンデッタ』の実店舗がオープンした。けど、そこは渋谷駅のほど近く。それでも、当時から秋葉原は、いずれ進出したい場所だった。

「だって秋葉原は聖地だから。僕たちみたいな鉄道好きにとっても」
~後編~に続く。

【働いている場所】

東京都千代田区外神田3-3-3 Rail Way BLD

新品・中古Nゲージショップ『ポポンデッタ』秋葉原店
定休日:毎月第3水曜日
TEL:03-5297-5530

http://www.popondetta.com/akihabara/index.html


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カテゴリー: アキバWorker | 投稿日: | 投稿者:
hakoda

hakoda について

1972年新潟県生まれ。『月刊BIG tomorrow』『Discover Japan』『週刊東洋経済』等で、働き方、経営、ライフスタイル等に関する記事を寄稿。著書に『図解&事例で学ぶイノベーションの教科書』『クイズ商売脳の鍛え方』(共著)、『カジュアル起業』(単著)などがある。好物は柿ピー。『New Work Times』編集長心得。