玉虫色に輝くこの地で働くあの人は、
なぜココを選び、どんな思いでシゴトしているのだろうか。
伝説の剣、アリます(15000円)。
そこは、みるからに“ふつうの店”ではない。
まるで「中世の城内」というか、「RPGの舞台」というか、何なら「東宝の小道具部屋」のようにも見える。
秋葉原の明神下交差点近く、元ザ・コンの裏にある『武器屋』のことだ。
10坪強の店内。ガラスケースや壁や棚には十字軍のソードや英国海軍のサーベルや日本刀などの武器が並ぶ。
武器類はもちろん模造品(軍服などは本物)で、すべてが同店の商品だ。鈍く光る刃の輝きが、かつて味わったチャンバラごっこの高揚感と、戦争映画を観た後の興奮と、用途不明なまま木刀を買った修学旅行生の無邪気さを思い出させる。
ようするに『武器屋』は、大人を少年にし、その少年を武士や忍者や勇者にしてくれる、やはりRPGの舞台のような場、というわけだ。
「商品は全部で400アイテムくらいありますね。売れ筋商品? そうですねえ…」
そしてオーナーの磯野圭作さんは、両刃の剣のサヤを抜きながら、言った。
「(しゃりん!)このエクスカリバーは結構出ますね。アーサー王が使ったというあの剣。そう。岩に突き刺さっている奴ね。伝説の剣だけど、うちなら1万5000円で買えますから(笑)」
あの銃あるかな? あの剣は? アキバだからこその顧客層。
店は雑居ビルの4階で、決して入りやすい場所ではない。しかし、取材中もひっきりなしに来店客があった。
「コスプレイヤーの方が多いんですよ」
言うまでもなく、秋葉原はアニメやゲームといったコスプレ文化の集積地。同人誌やコスプレ衣装を購入するついでに、『緋村剣心の使っている刀あります?』『コスモドラグーンが欲しいんですけど…』と『武器屋』の門を叩くわけだ。
「あとは“リエナクトメント”の愛好者の方もよくいらっしゃいますね」
リエナクトメントとは南北戦争とか第二次世界大戦とか朝鮮戦争とか、実際にあった戦争での戦いを、当時の武装&シナリオで追体験するというコスプリッシュなホビーのことだ。日本ではマイナーだが欧米では相当にポピュラーな趣味で、ワーテルローの戦いのリエナクトメントなんて20万人くらい集まって戦闘(ごっこ)をするらしい。
「ちなみに欧米ではこのリエナクトメントの市場が大きいから軍事史ものの映画が多い。確実な観客が見込めますからね。まただからこそ本物に近い装備を史実に乗っ取って使わないとそっぽを向かれる。だから小道具なんかの作り込みもしっかりしているんです」
逆に日本ではこうした文化が無いし、終戦記念ドラマだからと思想を持って映画やドラマを作るから衣裳も小道具も間違いだらけだったという。例えばドラマで「第二次大戦の頃の米兵」が、自衛隊の迷彩のヘルメットを被っていたりする。
「ゲーム好きでも、映画好きでも、歴史好きでも、何にしても『より本物に近づきたい!』という欲求があるじゃないですか? 細部に神は宿るもの。いくらリアルな衣装をきても、手にする武器が偽物っぽかったり、安っぽかったりしたら台なしになりますからね」
熱っぽく語るわけは、何を隠そう、磯野さん自身の『コスプレしたい!』という欲求が、この武器屋誕生のきっかけの一つでもあるからだ。
もっとも、目指したキャラクターが、実に男らしい、いや、漢らしいのが、磯野さんらしい。
武器からすべてが見えてくる。
「カッコイイ! あんな格好してみたいよな!!」
2000年公開のハリウッド映画『グラディエーター』鑑賞後、友人と盛り上がった。古代ローマの剣闘士の姿を描いた超大作。使い込んだ甲冑と、重々しさが画面からにじみ出る両刃の剣や斧が、そもそも“武器&軍事史好き”だった磯野さんの心をとらえたからだ。
「小学生時代から武器と歴史にハマって、学生時代からずっと図書館にこもっては、武器と歴史について研究するのが趣味だったんです。きっかけはやはり映画。小学生くらいのころにみた『二百三高地』や『遠すぎた橋』といった戦争映画でしたよね」
モノとしてのかっこ良さに惚れただけじゃなかった。戦車やライフル、サーベルや軍服から、活き活きとした“史実”が見えることにそそられたという。機能美を最も求められる武器・武具は、用途や使用環境といった背景が、どんなプロダクトよりも如実に宿るからだ。
「例えば、英国海軍の制服がなぜ世界の海軍にまねされるほどデザイン性が高いかというと、イギリスに徴兵制がなかったからなんですよ。ようするに『あれを着てみたい!』と思わせるため、誰しも憧れるような意匠をほどこしたわけです。例えば、なぜ日本はヨーロッパではなくアメリカから戦闘機を買うのか。それは日本の領土は約4000kmもの長さがあるからです。領土の真ん中に基地があるとして、2000Kmの航続距離が必要になる。けど、例えばフランスはパリから円を描いても500km飛べれば、制空権は足りる。つまり長距離を飛ぶことを想定しない仏軍の戦闘機を入れたら守れないわけですよ。あとね、銃剣のことをバイヨネットと呼ぶのは、スイスのバイヨン村で……」
……いずれにしても武器&軍事史がライフワークな磯野さんにとって、『グラディエーター』のすばらしく作りこまれた武器たちは、大いに物欲を刺激したわけだ。
「しかもネットで調べると、映画の撮影用小道具をつくるインドのメーカーが、撮影で使ったもの同じ商品、それをプロップと呼ぶのですが、それを一般向けに販売していたんです。『コレは買いだ!』と、さっそく発注したのですが、大きな障害がありまして」
銃刀法だった。
(後編へつづく)